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君は1000%
2008年 05月 01日 | |
例えば、そう映画のワンシーン。

危機的な状況に置かれた主人公とそのヒロイン。この状況から脱するには主人公の力なしには成し遂げられないことはヒロインも観客も分かっている。しかし、主人公はヒロインを残して行ってしまう。なぜなら、ダムを崩壊させてしまう爆弾の発火装置を止めに行かなければならないから。

「大丈夫。必ず戻ってくるから」

ヒロイン1人を守ることも大事だが、ダムの崩壊は多くの人と自然を失ってしまうので主人公はそう言い残して発火装置を止めに行く。ヒロインは分かっている。主人公は皆を守るためなんだと。

「信じているわ」

1人でこの状況から脱するのは難しいのは分かっているヒロイン。でも、脱せないまでも主人公が戻ってくるまでは今の状況を悪化させないだけのことは自分でも出来るかも知れない。やらなければならない。果たして主人公はヒロインがいよいよ危機的な状況に陥るまでに発火装置を止めもどってこれるかどうか?

観客は分かっている。きっと間に合うことを。映画だから。でも映画の中のヒロインは分かっていないから主人公の言葉を信じるだけだ。

でも、ヒロインは100%信じているだろうか? 完全に100%信じているのだろうか?
コンマ何パーセントか懐疑の心はないだろうか?

発火装置をどうにか止めることに成功した主人公は大急ぎでヒロインの元へ戻る。しかしヒロインはいよいよという状況になっている。あと2~3秒で死んでしまうかも知れない。正にその時、主人公が颯爽と登場してヒロインを危機的状況から救い出してくれる。

遅かったじゃないっ!(怒) or もう戻って来れないとおもったわ! などとヒロインは怒りながら言うかも知れない。信じていると思いたい自分の中でコンマ何パーセントか懐疑心があったことの裏返しの表現と取れるように思える。

大人になると懐疑心というものが芽生えてくる。信じていると良いながら(思いながら)心の奥底で僅かな懐疑心が残っている。それは恥ずかしいことでも何でもなくて生きていく上で必要なことのように思える。

子供に接していて思う。自分の子供は私に対して100%信じている、というのをひしひしと感じる。100%というよりも懐疑というモノが存在しない上での信頼なので素の100%というか、大人が100%信じているという言い回しに対して言うなら1000%信じていると言って良いと思う。
懐疑心のない1000%の信頼感に対すると懐疑心を持っている大人は凄いプレッシャーを感じる。1000%の信頼を裏切ることはできないというプレッシャー。


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目の前に圧倒的な物量で迫るお菓子は子供にとって堪らない光景だが、こういった状況でも娘はアレが欲しいコレが欲しいとは決して言わない。むしろ、関心のないそぶりを見せたり、見るだけなどと言ったりする。
しかし、本心を眼で訴えてくる。その眼は1000%信じている。きっと何も言わないで買ってくれるであろう、と。w
by nullpo_orz | 2008-05-01 11:31 | 銀塩 |
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